電脳登山部リーダーブログ

ING電脳登山部リーダーたちのブログです。
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    ツアー登山 VS パーティ登山 (前回のつづき)

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       数年前の天候不順だった8月に有峰口から入山し、雲ノ平から高天原、水晶岳、野口五郎岳と辿り、烏帽子岳から大町に下山するという計画を実行したことがあります。しかし天気が悪く、二日目は雲ノ平山荘で行動中止。小屋前の木道が激流に洗われるさまを見て、そして有峰林道も葛温泉から大町への道も通行止めとの情報を得て、どうやって安全に帰ろうかと思案していました。結局三日目は黒部川上流の渡渉を避けるために祖父岳、岩苔乗越経由で源流の幅の狭いところで黒部川をひとっ飛びで渡り、三俣山荘までずぶ濡れになって到着しました。こんな状況ですから小屋はガラガラでその点は助かったのですが、4日目は朝から雷鳴が轟く更にひどい天候で、我々は双六岳を巻く一番低地のコースで新穂高温泉に向かって下山しました。ところが三俣山荘にいたあるツアーご一行は、予定通りに鷲羽岳を越えて水晶岳へと森林限界を抜け出た稜線に向かって出発していきました。雷撃を受けたというニュースは無かったので無事に下山したのでしょうが、もしこんなツアーに参加していたら、私の感覚では命が幾つあっても足らないなというところです。きっとガイド役やツアコンは行きたくなかったのだろうけれども、お金を払っているお客様の意向は無視できないのだろうなと同情的になりました。私個人としては、絶対にツアーには参加しないゾと心に決める出来事でした。
       そんな気分の私にとって、登山はツアーではなく、パーティで登りたいと言うのが本音です。ところが実際では参加する会員にはツアー気分の方が結構います。ツアーのパンフレットを見ながら、これとこれに行こうとマーカーでチェックする、みたいな感覚で参加申込をしてくる、で実際の山行では、自分のコトだけに一生懸命で、他のメンバーは赤の他人、どうなろうと気にすることもないとまでは言いませんが、パーティの一員としての行動が一切できない、どうしていいかわからないと思える人もいます。しばらく前の山行で、一部の参加者が体調不良で遅れ始め、リーダーがその参加者のザックを持つ、つまりダブルザックで何とか稜線の山小屋までと頑張っているのに、先に小屋に到着したメンバーはそのまま休憩して、遅れていたメンバーの到着をただ待っていたという事例が耳に入りました。こういう時にパーティのメンバーはどんな行動をとるべきか、パーティの一員としてどんなことができるのかと考えないのかと私としては残念な思いです。
       既に全く余力も残っていないというメンバーなら仕方ありませんが、多少なりとも力のある人なら、リーダーが持つ故障者のザックを持ってあげようと、自分のザックを小屋に置いて下って行くという発想はないのでしょうか。私ならそうしますし、これを読んだ方々の中にも迎えに行ってあげようと考える人は多いと期待します。自分の持っている余力をパーティ全体のために使おうというのがパーティ登山参加者の義務です。そうやって足りない部分を余力のある参加者が補い、全体として山行を完結することが出来ればこれが理想のパーティ登山です。私はそういう登山がしたいのです。
       ですがこれを一般募集する本部山行で行うのは無理です。ですから、支部の存在意義の一つとして、そして最大の理由として「パーティ山行を実施する」というのが私が支部を立ち上げた最初の動機です。ですが、実力の足らない人を誰かがカバーしながら登山するなんてナンセンスだと考える人もいるでしょう。特に新ハイでは、「登りたい山と登れる山は違います」としばしばアナウンスしています。つまり自分の実力を冷静に見極めて、登れる山に行きなさいと諭しているわけです。でもそれではあまりにも夢がない、多少の努力をしてくれる人なら、その意欲をかって何とかその登山を実現してあげようと考えるのがリーダーたる所以ではと思います。もちろんそれで登れたからといって、それを自分の実力だと過信するような人は対象外です。
       このような考えを持つようになったのは、たぶん学生ワンゲル時代の部活の雰囲気からでしょう。先輩に、どうして夏合宿に北アルプスの大縦走とかしないのですかと尋ねたら、「そんなものはウチの夏合宿を経験すれば自分で行ける。合宿はみんなで力を合わせないと完遂できないところに行くんだ」と言われました。そうして上信越国境や会越国境、南会津、越後山脈などの真夏のヤブコギ山行にみんな突っ込んでいったのです。
       また今考えるとひどいなと思いますが、4月に入った新入生が初めて山に行くのは、GW明けの週末に赤城山(といっても相当過酷)はまぁいいとして、その次の合宿は「新人強化合宿」と称して6月初旬に、谷川連峰馬蹄形縦走は当たり前、ちょっと体力のある新入生なら谷川岳あるいは白毛門から巻機山への縦走、越後三山などに連れて行きます。もちろん上級生たちがそれなりにカバーしながら新人を「強化」するわけですが、今同じ事をやれと言われたらちょっと躊躇するようなコースではないですか。でもパーティとしてキチンと機能していれば、「山登り2回目ですぅ」なんていう1年坊主もヤブをかき分けて完歩してくるのです。それがパーティ登山の威力です。
       今まで本部山行にどっぷりと浸かっていた人たちには違和感のある山行かもしれません。ですからコチラから無理にお誘いすることはありません。そういう山行に興味があって、自分もその一員としてパーティに貢献したいと思う方だけ、来ていただければ結構なんです。ということで、ツアー登山とパーティ登山について、私見を記しました。なお「パーティ登山」という言葉が世間一般に認知されているかは未確認です。本文に書いたような気持ちで山行を行うことを便宜的にそう呼びました。

      (おわり)

       

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      登山論 | permalink | comments(2) | -

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        この記事に対するコメント

         ご指摘ありがとうございます。

         私は登頂者と面識があるわけではないので、各方面からの伝聞しか情報がない状態であやふやな記事を書いてしまいました。読者の皆様、関係者の皆様には申し訳なく思います。以後、心して正しい情報の伝達に配慮いたします。お気を悪くされた方には心からお詫びいたします。
         確かに女性だけの登山隊だったような気もしたのですが、当時(今でも?)シェルパはみんな男だろうし、「女性だけと言ってもなぁ」と考え、矛盾点を都合よく無視してしまいました。
         内容があまりにパーティ登山を礼賛する内容ではマズイのではと思い、バランスをとるために入れたものですが、間違った内容ではいけませんね。でも本音を言えば、私は「パーティ」で山に登りたいのです。困った時に皆さんに助けてもらいたいのです。よろしくお願いいたします。
        麻導士 | 2017/08/13 5:54 PM
         リーダーブログはいつも掲載記事がUPされるのを愉しみに読ませて頂いております。
         今回僭越ながら私の記憶している事と一部相違が有りますので下記いたします。女性初のエベレスト登頂についてです。

         登山ブームの時代で「女性だけでヒマラヤへ登ろう・・・」との意思で女○登○クラブを1969年に設立。集まったメンバーで資金を出し合って1970年にエベレスト登頂。当初のメンバーには現在新ハイ会員のY.Y.さんも参加されておられましたが遠征には不参加。ご主人は勿論本人より技量は上だったようですがブログにあるように「女性初!」の方が話題になると判断して、毎晩のようにロードトレーニングに協力されたとか・・・。女○登○クラブの山行ですから、ご主人は同行したかは不明ですが、当初からアタックメンバーには入っていないのが事実かと思われます。

         今の時代と違って登頂は一人だけと初めから決まっていたようです、シェルパが山頂の雪をならして一人のみ頂上に立てたそうです、同行の方のお名前は滅多にお聞きする事も有りませんし、登頂者からお聞きした方も少ないかと思います。パーティ登山の心髄からすれば同行者(パーティ)を大切にしてほしかったと、登頂者の名前を聞くたびに、思ったり・考えたりしております。
        花筏 | 2017/08/13 3:31 PM
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