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    名作の旅 その1 伊豆の踊り子

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      「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。」

      これは川端康成の小説「伊豆の踊り子」の書き出しの部分であるが、この小説に影響されて、私が天城峠を初めて越えてからすでに50数年の星霜が流れている。

      当時、小説を読んだのは無論の事であるが、その印象よりも映画からの影響が大きかったのだと思う。

      映画に登場する天城峠は余りにも美しく描かれていた事に加えて美男の俳優と愛らしい踊り子の振る舞いに、あたかも私自身が主人公になった様な錯覚に陥り、出掛けて行ったとしても当時の年齢からすれば、さほどの罪はないだろうと思う。

      物語は天城峠で主人公の学生(若き日の川端)と旅芸人一行が出会い、湯ヶ野温泉の宿の描写、そして下田港で別れるという、極めて単純な旅物語であり、私達の常日頃の旅行や山旅でも遭遇する様な出会いであるが、川端が書くとこのような名作になる事実は文才の無い身としては素直に川端の非凡さを認めて感傷に浸るしか無い。

      学生と旅芸人一行は途中から二十町ばかり近い山越えの間道(近道なのだが道は多少険しい)を行く事になる。喉が渇いて湧き水を飲む場面が有るが、この描写は実に美しい。昨今の男女平等論の台頭で、ほぼ失われてしまった日本女性の慎ましさを見事に表現している。

      「この下に泉があるんです。大急ぎでいらしてくださいって、飲まずに待っているから。」水と聞いて私は走った。木陰の岩の間から清水が湧いていた。泉のぐるりに女たちは立っていた。「さあ、お先にお飲みなさいまし、手を入れると濁るし、女の後は汚いだろうと思って。」とおふくろが言った。

      ちなみに私達の山行で水場に着いた時、女性陣からこの様な配慮を受けた事は一度も無い。その旨を言おうものならば「いつの時代の事か?時代錯誤も甚だしい。」と一喝される始末であろう。甚だ残念である。

      「伊豆の踊り子」を川端が書いたのは27才の時だというから、旅芸人一行に出会った旅から7年後という事になる。草稿になった「湯ヶ島の思い出」によると、当時踊り子は14才で、顔に吹き出物などが有って、さほど可愛らしい少女では無かったというし、川端本人も心の病を抱えており決して楽しい旅行では無かったと告白している。少しでも心が癒えればとの思いで一人伊豆に来たとの事なので、事実と映画の印象とは百八十度違う事になるが、幾多の名優達が造り上げた伊豆の山々の美しさに憧れて、ほぼ同じ道を旅した当時の私は純情そのものだったと自負している。

      私が一番影響を受けた映画は美空ひばりと石浜朗が主演した作品である。1954年作というから私が見たのはリバイバル版のものだと思うが、学生役の石浜は若き日の川端によく似ていたし、ヒロインのひばりも然程美人ではなく、川端の言う本人にイメージが似ていたのではないかとも思える。

      確か、中学時代の事だったと記憶しているが、夏休みの宿題で読書感想文を書くというものが有った。私は当時から抜け目の無い悪小僧だったので、歌手の三浦洸一が唄った「踊り子」の歌詞そのものを、まる写しにして提出した。無論バレ無い訳がない。先生に呼び出されて、こっぴどく怒られたが言い訳として「先生、伊豆の踊り子の筋書きとこの歌の歌詞は全てが合致していて作詞家の才能に非凡なものを感じます。」と言うと先生は苦笑いをしながら解放してくれた記憶が有る。

      歌手 三浦洸一  作詞 喜志邦三  作曲 渡久地政信

       

      さよならも言えず泣いている、私の踊り子よ・・・ああ 船が出る。

      天城峠で会(おう)うた日は、絵のように、あでやかな袖が雨に濡れていた。赤い袖に白い雨・・・

       

      月のきれいな伊豆の宿、紅色の灯(ともしび)に、かざす扇、舞いすがた、細い指のなつかしさ・・・

       

      さよならも言えず泣いている、私の踊り子よ・・・ああ 船が出る。

      下田街道海を見て、目をあげた前髪の、小さなくしも忘られぬ、伊豆の旅よさようなら・・・

       

      10年程前に、ほぼ同じ行程を自動車で天城トンネル越えて湯ヶ野温泉に行った。そこで川端が泊まって執筆したという旅館を訪れたが、この私を含む一行に残念ながら文学青年(の名残り)は居なかった。それは歳を重ねたからという理由よりも元々その素因が無かったようである。

      伊豆の地は私にとって旅の出発点である。

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        この記事に対するコメント

        私も三浦光一の声とこのメロディーが大好きです!
        川端康成と喜志邦三の非凡さより「名作の旅」の投稿者に畏敬の念を覚えました
        花筏 | 2017/03/23 12:16 AM
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