電脳登山部リーダーブログ

ING電脳登山部リーダーたちのブログです。
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当たると怖い「雷」の話 第3話

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    当たると怖い「雷」の話

     

    第3話 西上州・諏訪山

     

     今まで遭遇した雷の中で、最もビビったのは西上州の諏訪山で遭遇したものです。西上州には「諏訪山」が2つありますが、そのうちの上野村にある関東百名山に選ばれているピークです。この村は当時群馬の秘境と言われていたところで、その後昭和60年にあの日航ジャンボ機墜落事故があり、その現場が諏訪山西方の山中だったため、山の麓を通って墜落現場に至る道が整備されました。そのためか少し秘境感が薄れたようですが、私が訪れた当時は「浜平鉱泉」という一軒宿がポツンと佇む、なんとも寂れたところでした。
     この時は鉱泉のそばに車を駐めてすぐ近くの大神楽沢を登りました。ほとんど印象もないような、とりたてて厳しいところのある沢ではありませんが、見どころは神流川流域随一の40メートル大滝です。しかし、それも普通に高巻き出来るもので、私達は難なく諏訪山の頂上付近に登りつめました。しかし頂上を往復する頃から雲行きは怪しくなり、すぐに雷鳴が轟くようになりました。そうです、西上州も雷が生まれるところなんです。
     下山を開始するとすぐに強雨になりましたが、沢でさんざん濡れた後なので、カッパも着ずにそのまま下山していました。下山路は稜線の道で、小さなピークを次々と越えて行かなくてはなりません。頭上で雷が騒いでいるのに、頂上(=高いところ)を越えるのはイヤだなと思っていると、さしかかる小ピークにはどれも巻き道があり、何だコレなら楽勝だねと、陽気に下山を続けました。
     ところが、いくつかのピークを巻いたところで、どうしても巻き道が見つからないピークに出てしまいました。頭上ではひっきりなしに閃光と雷鳴とが暴れまくっています。ヤバイね、どうしよう、いつ近くに落ちるかわからないから、全員でまとまっていると被害が大きくなるので、30秒おきにひとりずつ走ってピークを越えよう、ということになりました。こんなことを決められるのは、あくまで「落ちはしないヨ」という希望的観測があるからで、今思えばなんの根拠があるわけでもないのに、よくもそんな話で全員が納得したものだ思います。
     私の番が来て登り始めます。急坂なので足元を見ながら走っていると、少し傾斜が緩くなりピークの一角に着いたかと思うと同時に足元が明るくなりました。アレッと思って周囲を見渡して仰天しました。今までは薄暗い樹林帯だったのに、頭上には木の枝がなく、周囲の幹はみな黒焦げで、立ち枯れた木ばかりなのです!!。ひぇ〜どんだけ雷がここに落ちるの!!と全速力でピーク上を走りました。以前あった事例で、ゴルフ場で雷の直撃を受けた人が、ゴム引きのカッパを着ていてずぶ濡れだったため、電流がカッパ表面の水膜を流れて地面に落ち、本人は少しやけどをした程度で助かったという話を思い出し、「カッパ着とけばよかった!」と後悔しながら走り抜けました。
     下って鞍部に着くと程なく、全員が無事揃いました。ヤバかったなぁと話していると、誰かが「あっ道がある」と今越えたピークを巻いてくる踏み跡を発見しました。

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    当たると怖い「雷」の話 第2話 (つづき)

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      当たると怖い「雷」の話

       

       

      第2話 谷川連峰・武能岳(つづき)

       

       

       

       私達が見つめていた武能岳の上空で、聞き慣れた落雷の音とはケタ違いの、まるでそこら中の大気が爆発した?かのような轟音が響きわたりました。すると殆んど頂上に登っていたメンバーが、ものすごい勢いで今登った道をかけ下りはじめました。というより、滑り落ちていきました。途中にいたメンバーを巻き添えにしながら、登り口まで瞬く間に下山完了。おそらく頂上の一角にでも落雷して身の危険を感じたのでしょうね。見ていた私達はなかば呆然として、特に言葉をかわすこともなく、やがて雨もやや小降りになってきたこともあり、ビニールシートを片付けて、出発の準備をしました。
       隊列を整えて出発。先行パーティのところに着くと、彼らは皆泥だらけ。何でもザックが一つ行方不明とかで、探しているようでした。「ではお先に」とばかりに私達は武能岳を登り、当然一番に蓬峠に着き、いいところにテントを張りました。

       いつも私は、もちろん大切なところでは非常に厳しく、それらしく偉そうな言動をしているのですが、そうでもないところではかなりチャランポラン。例えば、下級生の前で超軽いザックを実に重そうに背負ってみたり、新人君の前では、手のひらを上に向けて顔の前でさも掌で何か重さを感じているかのように腕を上下して「おぉ少し軽くなってきた。気圧が下がってきてるね、天気が崩れるかもよ」などと真顔で言ったりしていました。純真な新人君は目を丸くして「ボクも上級生になったらそういうのがわかるようになりますか?」などと聞くので、もちろんだよと励ましていました。当然すぐに新人君もおちょくられたことがわかりますので、私については信用ならないしょうもない先輩と思われがちでした。
       しかしこの雷遭遇では珍しく尊敬すべき上級生らしさを発揮しました。預言者以上に、すべて私の言うとおりに事が運びましたからね。(^_-)-☆

       雷に遭遇したら、基本的に私はまず避難を考える。特に森林限界を出ている場合は自分たちの身体が、周辺で一番高いものになっているので避雷針になってしまうからです。ただし、稲妻の閃光とその雷鳴の時間差が6秒以上あり、自分の頭上から離れた場所で光った場合は、放電している場所は2キロメートル程度以上離れていると考えられますので、直ちにこちらに落ちることはないだろうと、行動することもありました。樹林帯の中では、直接我々の頭に落ちることはなく、近くの樹木に落ちてその枝からこちらに側撃を食らうことがあり得ますが、これは本当に運次第なので行動を続けてもいいのではないかと思っています。止まっていてもやられる確率には差がないと考えられるからです。
       そして最大の問題点はどこに避難するかです。登山の技術書を読んでも断片的なことが羅列されているだけで、実際の地形などを見ながらそれらの意味していることがこういうところなのか?、と考えて何となく決断している状態でした。当時を思い出すと、もし本当に運悪く近くに落雷すれば、あの時のあの場所は落雷の電流が流れたのでは?と思うところもあります。さて、私達は一体どこに逃げればいいのでしょうか?
       

       

       

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      当たると怖い「雷」の話 第2話

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        第2話 谷川連峰・武能岳

         

         学生時代のワンゲルでは、6月1日の開学記念日をからめた日程で、新人強化合宿と称して多くは残雪の上越国境に出かけていました。特に谷川岳から白毛門へ(あるいは逆向き)の縦走は、「谷川馬蹄形縦走」として、多くの新人が経験するコースでした。入部して2回目の山行、つまり人生2度めの山登りがコレという新人もたくさんいたと思います。そして谷川岳から入ったパーティは蓬峠で、逆なら清水峠で幕営するので、その2パーティは翌早朝に七ツ小屋山ですれ違う、なんてことがよくありました。

         

         その年の合宿では私は既に大先輩(≒神様!)でしたから、もっぱら新人の教育担当でムチこそ持ってはいないものの、全体ににらみを利かす係で、何事もなければ実にお気楽な立場でした。谷川夜行で到着した土合駅から、暗い中を西黒尾根に取り付くのですが、強化される新人の男子は25キロ以上のキスリングを背負っていますから、とにかくゆっくりと谷川岳まで6時間かけてもいいというペースで登ります。当時はまだ谷川岳で毎年数十人死ぬという時代なので、「谷川岳に登る」と知れたら親に止められる部員もいたことでしょう。実際私達のワンゲルでも既に当時3人、慰霊碑に名前を刻まれた先輩がいたくらいですから・・・。
         でも谷川岳は素晴らしい山で、岩登りでなく縦走登山ならそんなにビビる必要はない、ということを既に先輩たちから刷り込まれていますので、新人たちも元気よく重荷に喘ぎながらも頑張っていました。ようやくの思いで谷川岳に着けば、あとは多少の登り下りはあるものの、かなり気分的には楽になります。しかし一ノ倉岳、茂倉岳と稜線を辿り、大きく下る武能岳への道に入った頃、まだ午前中だったのですが、雲行きが怪しくなりました。この時期の谷川連峰は、雪降ったり雷鳴ったりで、気象的には結構厳しいものがあるのです。最低鞍部まで半分位降りたところでとうとう雷鳴がとどろき始めました。この時のリーダーたちはよくできた子だったので、それまで私が口を出すことはなかったのですが、普段雷に遭遇するチャンスはあまりなく、メンバーの多くが未経験ということでいよいよ私の出番となりました。
         登山道脇にある大きく突出した岩の横、登山道を挟んで少し離れたところに避難することにして、キスリングを集めてフライシートを被せたりカッパ着たりしながら準備をしていると、どこかの大学パーティが私達の横をすり抜けて先行していきました。リーダーたちはちょっと焦ったようです。と言うのも、蓬峠のテントサイトは幕営適地が少なく、少し遅れただけでいい場所は取られてしまい、時には湿地みたいな所に張らざるを得なくなるのです。でも私は、雷に遭遇したらまずは安全に余裕を持って避難することが重要、ヤツら痛い目見るから慌てることはないんだよ、と諭して全員で避難体制を整えました。やがて雨が降り出しましたが、豪雨というほど激しくはなく遠望も効きました。先行パーティが雷鳴轟く中、武能岳の登路に入っていくのが見えました。
         全員で笹原に座って姿勢を低くしながら、かぶった透明ビニールシート越しに先行パーティを見ていると、少し隊列が乱れて先頭と最後尾が離れ始め、なんか泡食って登ってるねぇ、良くないよね、ああいうの、などと話しているうちに、とうとう先頭の数名が頂上直下に差し掛かりました。最後尾はまだ半分も登っていません。どうするつもりなんだろうと訝って見ていたその時でした。(つづく)

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        当たると怖い「雷」の話 第1話(つづき)

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          当たると怖い「雷」の話

           

          第1話 上越国境・小穂口ノ頭(つづき)

           

           私達のワンゲルでは今回のこのルートは定番ともいうべきもので、数年おきに誰かしら歩いているものでした。実はこの年も私達の2日ほど前を、巻機山から入山した女子隊(もちろん全員女子!)が歩いていました。丹後山の頂上標識に彼女たちが、私達への差し入れとしてビスケットを一箱、手紙とともにぶら下げておいてくれたのを発見した時はみんなで狂喜乱舞しました。このあとも女子隊のおかげで救われたことがあったのですが、その話はまた機会があれば・・・。

           そんな定番コースについて、先輩たちからの口伝には「丹後山の頂上には絶対に幕営するな」というものがありました。登ったことのある方はご存知でしょうが、丹後山の頂上は平らでだだっ広い、どこが頂上なのかわからないようなところです。地面としてはテントを張るのにもってこいなのですが、平ら故にテントが避雷針になってしまう、というのが口伝の理由でした。ですから私達も、予定では越後沢山の鞍部に泊まり、翌日は大水上山から平ガ岳への稜線に入って藤原山のテン場まで行かないと、翌日に平ガ岳に着けないこともあり、丹後山は素通りしました。
           しかし付き合いのあった隣県の大学ワンゲル部で、丹後山頂で幕営してテントに落雷という事故が起きました。なんでも頂上で家型テントで幕営中雷雨になったものの、まぁ大丈夫とそのまま作業していたら、突然雷が落ちたということでした。どうも雷は同じ材質で同じ高さのものが2つあると、その真ん中に落ちると言うのです(ホンマかいな?)。この時は2本のポールの真ん中、つまりテントのど真ん中に雷が落ちたそうで、当時の家型テントでは、真ん中にバーナーや鍋を置くのが通例で、人はその周りに車座になっているのが幸いしたようです。テントは破損し、真ん中の地面に大穴が開いたものの、メンバーは多少飛ばされたくらいで、幸いにも大惨事にはならなかったそうです。もちろん合宿は中止で即日下山しました。

           どうも雷はどのように落ちるのかもあまりよくわかってないようです。実は小穂口ノ頭から避難した時に、「早く家に帰りたいよう」という1年生が、テントのポールが落雷で使えなくなれば即下山ですよねと、頂上近くにポールを高々と立てておいたのですが、あれだけドンドンガラガラ言っていた雷雨でも、残念ながら(?!)雷は落ちませんでした。また常識的には「高いところに落ちる」ことになっていますが、私はもっと高いところがすぐ近くにあるのに、それよりかなり低いところへの落雷を目撃したことがあります。落雷する場所を特定できる一般論があれば、だいぶ安心できるのに、とずっと思っていました。

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          当たると怖い「雷」の話 第1話

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            当たると怖い「雷」の話

             

             最近ではGPSの普及により、少々地図が読めれば「道迷いによる遭難など起こりえない!」とも言えるようになりました。また登山者が皆GPSで現在地を確認しながら行動すれば、今まで時々あった、ルートを外して危険な場所に入り込み、あげくに転滑落して遭難することも無くなるに違いありません。そうなると遭難の原因として最も重要になるのは何でしょうか。転落・滑落はある程度自己の不注意や実力不足が原因でしょうから、対処のしようがあります。しかし、気象遭難については全てではないにせよ、結構な部分が不可抗力に近いものだと思われます。そして中でも「雷」は最も危険で恐ろしいと多くの登山者が考えているのではないでしょうか。
             ということで、私が今まで遭遇した雷についていくつか記してみたいと思います。しばらくお付き合いください。

             

             

            第1話 上越国境・小穂口ノ頭

             

             私にとって最も印象深い本格的な雷に遭遇したのは、大学ワンゲル2年の夏合宿です。7月下旬の梅雨明け直後に、まず谷川岳から入って上越国境を時計回りに巻機山、丹後山、平ガ岳と辿って至仏山まで縦走します。山ノ鼻に降りて見晴十字路から三条の滝を見て、銀山湖を渡る船の発着場、ハヨ止めまで歩き、ここから他の2パーティと銀山平で集中するために船に乗ることになっていました。ちなみに他の2パーティとは、栃木福島県境の山王峠から県境稜線を西進し、荒海山、帝釈山を経て尾瀬に出て我々と同じように銀山平に向かうものと、会越国境の六十里越から国境稜線を南下して毛猛山、未丈ガ岳、日向倉山を経て直接銀山平に向かうものでした。
             10日以上の行程で行動して最後に集中するのは、携帯電話などない時代では至難の業で、私達はすでに1日遅れていたので、奥只見ダムからバスに乗ってもう他パーティには会えないだろうから、銀山平には降りずにそのまま帰ろうと思っていました。すると前日に到着していた山王峠からのパーティがゾロゾロとバスに乗ってきて、さらには毛猛山組も途中のバス停から乗ってきて、なんとバスの中でという、奇跡的ではあるもののちょっとマヌケな集中となりました。かわりばえのしない顔と2週間近くも一緒にいた部員たちは、久しぶりに会う他パーティのメンバー達とおしゃべりに夢中で、バスの中は大騒ぎ。いやいや他のお客さんに大迷惑だったと今でも反省しています。
             そんな私達のパーティは、山に入って6日目、巻機山を東に降りた鞍部を出発して、小沢岳、下津川山を経て今日のテン場、越後沢山手前の鞍部に向かっていました。本谷山の手前のピーク、現在は小穂口ノ頭と言われているようですが、その小ピークにさしかかった頃、急に空が暗くなって涼しい風が吹き始め、アレレっと思う間もなく頭上に雷鳴が轟きました。上越国境はいわば雷が生まれる稜線なので、予め心構えはできていました。すぐにカッパを着て水と行動食を持ち、キスリングをまとめてフライシートで覆い、グラウンドシートの下に敷く透明なビニールシートを持って小穂口沢源頭の草原を下って行きました。沢床ではないちょっと上がった斜面で出来るだけ低いところと思いながら降りると、それらしい場所があったので全員で草原に腰をおろし、ビニールシートを被った頃、雨が降り出しました。最初の雷鳴からせいぜい10分くらいだったかと思います。あっという間に豪雨になり、メンバー達は被ったシートから体が出ないように引っ張り合いしていました。
             見れば小さな露出した岩場はすべて滝になり、白い水しぶきをあげています。霧をまとい薄暗くなっているので見通しも悪いのですが、時々光る雷の閃光がまるでストロボアクションのように、風に揺れる高山植物の花々を照らし出し、とても綺麗だったことを覚えています。幻想的な眺めでした。頭上では雷鳴がひっきりなしに轟いていたのでしょうが、今思い出すこの光景に音はありません。スタジオジブリのアニメ映画「紅の豚」の中で、撃墜され戦死したパイロットを乗せた飛行機が静かに上空に登っていくシーンがありますが、その場面を見た時にこの雷雨の景色を思い出しました。私の記憶の中には何かしらの脈絡があったのでしょうね。
             30分ほどで雷雨はおさまり、小穂口ノ頭に戻ってこの日はこの頂上近くに幕営しました。(つづく)

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            山の不可思議体験 第6話 霊山の白い影

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               学生時代のワンゲルでは活動のメインとなる夏合宿はもっぱらヤブコギ山行でした。私が「どうして北アルプスなどの大縦走をしないのですか?」と先輩に尋ねると、「そんなところはウチの夏合宿を経験すれば自分で行ける。合宿はみんなで力を合わせないと行けないところに行くんだ。それに上越国境や会越国境近辺の山に行けば、アルプスなんてどーでもよくなるゾ!」と、現在の登山ブームを牽引する人たちが聞けば、激しく顰蹙をかうようなことを言っていました。しかし今思えば確かに、真夏の上越・会越国境や南会津の山々の草いきれの中を歩けば、他では経験したことのない自然のパワーみたいなものが漲っているのを感じ、自分が山の中にいることの充実感や幸せな感情に満たされる、そして山に入って3日も経てば、この生活が自分にとって「当たり前」のような気分になって、そこにいることに何の違和感も感じなくなる、そんな境地に陥っていたように思います。北アルプスなどの稜線にいて、そんな気持ちになるだろうか?とちょっと思います。

               そしてそんな今、かつて6月初旬に残雪の越後三山を縦走した合宿は、今思い出しても胸が熱くなるほどの感激と感動で、もちろん当時もあながち先輩の文言も嘘ではないなと思わされたものでした。
               そんな記憶からもう一度越後三山縦走をと思って幾度か計画していますが、未だに果たせないでいます。昨年「今年こそは」と勇んで計画を立てていたものの、冬の積雪が多く、残雪が多いと岩稜帯の通過が困難になると考え、5月下旬に単独で偵察に行ってきました。と言ってもゴンドラで主稜線まで上ってしまうお手軽コースで、千本檜小屋辺りまでの積雪を見に行ったのです。

               

              第6話 霊山の白い影
               ロープウェイ頂上駅を出るとすぐに辺りは一面の雪。学生時代の山行に比べて時期は1週間早いのですが、あの時八海山周辺の稜線には全く雪はありませんでした。これはもう今年も無理だな、いい年こいて無理して残雪の中を登って滑落でもしたら、世間の笑いものだ、と既に次週の山行は中止と決めたのですが、とりあえずこの辺りには落ちそうなところはないので、千本檜小屋に向かって登って行きました。
               さすがにこの雪では登山者も少なく、稜線の広いところではトレースが交錯してルートがわかりにくく、無雪期の山行ならまず足を止めることはないのですが、この時は度々逡巡しました。それでも適度に締まった残雪は歩きやすく、時々雪に押し倒された幹や枝を避けるのが面倒なくらいで、グイグイと登って薬師岳の急登をこなせば千本檜小屋。さてどうしようか、まだ時刻も早いし、ちょっと岩稜帯に入ってみようかと考えて、とりあえず地蔵岳、不動岳と辿ってみます。しかし凝灰角礫岩でしょうか?裏妙義のようなコンクリートの塊から中の砂利が顔を出しているような岩。その石が手がかり足がかりにいいと思えば、掴めばポロッと抜け落ちたりします。油断ならない岩で精神的に疲れました。そこで、もういいやということで、少し行って巻道で帰ろうと考えましたが、下を覗くとルンゼ様の急峻な岩場はどこも雪が詰まっており、巻道でこの雪の上をトラバースするのはイヤだなと思って往路を戻ることにしました。
               鎖を降りてもう少しで小屋というところで、かつて若かりし日にごくまれに感じた何だかわからないけどイヤ〜な感じを久々に味わいました。年をとって感受性が鈍くなったのか、とんとご無沙汰のこの感覚、なにかあるぞという第六感でしょうか。それでも小屋が近づいて、そうだ避難小屋を見ておこう、三山縦走の際はまず一日目はここに泊まって翌日はできれば駒ノ小屋まで行きたい、などと現実に戻って考えながら縦走路から別れ、千本檜小屋と避難小屋やトイレ棟の間にのびる屏風道に向かう路地のような道に入った時、出会ってしまいました。
               道の先、最奥の建物の扉の辺りからその向こう側に回りこんでいく、しなやかでふわっとした白い影。即座に女性だと確信しました。進んでいくとその扉は避難小屋の入口でした。小屋の向こう側を覗こうかと思ったのですが、私から逃げていった形なので、見られたくない人を追うような気がしたのでやめました。扉を開けると中は綺麗に整理されて快適に泊まれそうな小屋でした。が、入ってすぐの目立つところに、しばらく前から行方不明の女性の情報提供依頼書が掲げられていました。あぁこの人だなぁと思って、小屋の裏手に向かって、今日私が出会うくらいだから近々誰かがきっと見つけ出してくれますよ、と心の中で話しかけて黙礼してから小屋を後にしました。「山では不思議なことがあるんだよ」


               今年の秋、紅葉狩りを兼ねて、巻機山と八海山を訪ねました。いずれもすごい人出で鎖場などの危険箇所は順番待ちでした。初日は巻機へ。六日町で泊まって翌日八海山。巻機はもう頂稜の紅葉は終了で中腹が見頃でしたが、今年の紅葉は今一つのようでした。八海山も紅葉の美しさで人気ですが、今年は前評判の割には・・・という印象でした。しかし天気も良いことなので、千本檜小屋までのんびり歩いてきました。避難小屋に入ってみると、例の依頼書はなくなっていました。あぁ見つかったんだね、と何だかすごく安心しました。綺麗な白骨で見つかったと信じたいです。

               これで私の話はおしまいです。

               最後にもう一度「山では不思議なことがあるんだよ」

               

              (完)

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